トップ層の成功者が重要視する『世界観』とは

近年はビジネス関係において『世界観』という言葉が使われることが多くなってきたと思います。

しかし、世界観に含める意味そのものは人それぞれ厳密には異なるでしょう。

広義的な意味で使用する人もいれば、宗教的、哲学的な意味を含んでいる人もいます。

それだけ世界観という言葉は非常に奥深いものです。

私が世界観という言葉を聞いたのは世界でトップを走るビジネス上のメンターからでした。

そのトップは口癖のように『世界観、哲学が実力を決める』と言っていていたのを皮切りに私のなかで世界観というワードは重要視されるようになりました。

ではその後のさまざまなトップ層から世界観という言葉を聞く機会がありました。

では彼らトップ層が論じている世界観とは具体的にどのようなものを指すのでしょうか?

もし、世界観が実力を左右するのであれば世界観を変えるにはどうすれば良いのでしょうか?

本記事では『世界観』に対して様々な観点で解説していきます。

世界とは

世界観について考えるのなら、まず『世界』という言葉について明確に定義しておかなければなりません。

世界という言葉についての認識も全人類共通のようで意外に曖昧なものです。

物理的な領域を指す世界という考えもありますし、ある一定の社会層や領域を指して世界と考えることもあります。

また、人それぞれ固有の考え方を世界と表現することもあります。

『世界』という単語を調べると大抵は以下のような説明が出てきます。

1 地球上のすべての地域・国家。「世界はひとつ」「世界をまたにかける」

2 自分が認識している人間社会の全体。人の生活する環境。世間。世の中。「新しい世界を開く」「住む世界が違う」

3 職業・専門分野、また、世代などの、同類の集まり。「医者の世界」「子供の世界」

4 ある特定の活動範囲・領域。「学問の世界」「芸能の世界」「勝負の世界」

5 歌舞伎・浄瑠璃で、戯曲の背景となる特定の時代・人物群の類型。義経記・太平記など、民衆に親しみのある歴史的事件が世界とされた。

6 自分が自由にできる、ある特定の範囲。「自分の世界に閉じこもる」

7 《(梵)lokadhātuの訳。「世」は過去・現在・未来の3世、「界」は東西南北上下をさす》仏語。

上記の定義をざっくり分けると

  • 『全体』を表す世界
  • 『部分』を表す世界

に分かれます。

世界は全てであり、あらゆる部分もまた世界である』という哲学的な結論にいきつくしかないわけです。

ここでやっと世界観についての話に移ります。

世界観とは

世界観とは前述した『世界』の定義から推察するに『全体と部分のいずれか、もしくは両方を観ること』と解釈することが出来ます。

いわば物事を全体や部分を通して見通すチカラを世界観とも定義できるわけです。

ひとつ極端な例をあげます。

ある悲劇的なニュースが流れていたの見たとします。

ニュースの内容は『親が子供の首をしめて幼い命を奪った』というものです。

もしあなたがこのニュースを見たらどのような反応をするでしょうか。

おそらく大抵の人が『なんて残酷で悲劇的な事件なんだ』と思うでしょう。

そして『短い人生しか送れなかった子供がかわいそう』とか『なんで周りの人間がこの親の悪行に気づかなかったんだ』といったように感情的に反応してしまうかもしれません。

しかし、この物事の捉え方は『事件の全体性』を捉えているとは言い切れません。

この捉え方には憶測や先入観が混じっているからです。

世間一般的に殺人を犯した人は残酷非道で悪魔のようなイメージを思い浮かべます。

しかし、全ての殺人犯が同じ人物像とは限らないわけです。

仮にこの亡くなった子供が『難病で生涯苦しみ続ける病気』だった場合はどうでしょうか。

また、事件に対する印象が変わってくると思います。

親が痛みに耐える我が子の苦しい姿に耐えかねて子供を救う想いで殺めてしまったのかもしれません。

もしくはこの親は難病を抱える我が子の育児のなかで心を病んでしまったのかもしれません。

しかし、当事者ではない我々にとっての問題は『実際に起こった事実』ではありません。

『自分の世界観』でどのように物事を捉えるかが重要なのです。

どのような観点で捉えるかで物事の事象自体が変わってしまうからです。

ある人にとってはそれは『非道な事件が起きた世界』であり

またある人にとって『悲しいストーリーを含んだ事件が起きた世界』でもあるのです。

これがいわば個々の『世界観の違い』です。

人は世界観によって事象を捉え、問題を解決に導いたり、アイデアを生み出したり、はたまた事象そのものによって喜怒哀楽を感じることが出来るともいえます。

また、世界観の違いから、相手を理解しようと思ったり、争いが起こることもあるわけです。

しかし、多くの人が陥ってしまうのが『自分が観ている世界が全てである』ということです。

世界観によって何が影響されるのか

世界観によって人生そのものが大きく影響を受けるともいっても過言ではありません。

例えばキリスト教文化のある環境に生まれ育ったとします。

幼い頃から教会に通い、キリスト教の世界観を学ぶわけです。

そうなると、『人生の苦難は神の試練である』という価値観も持ち、辛い出来事も前向きに捉えるような人生を歩むことになります。

しかし、仏教文化で生まれ育ったらどうでしょうか。

おいては『人生は一切皆苦(思い通りにならない苦しみ)で満ちており、苦しみには抗えないもの』という考え方があります。

おそらく、苦しみに抗うことなく受け入れ、物事を諦観するのが仏教の世界観です。
(※流派によって様々な考え方がありますからあくまで一つの捉え方です)

では無宗教の人の場合はどうでしょうか。

無宗教の人が人生の苦難にぶつかると、反応は十人十色です。

・『運が悪い』と考える人
・『自分以外の誰かや世間や社会が悪い』と考える人
・『自分の責任』を感じて対処する人

などなどそれぞれ世界観が異なるからです。

このように世界観が違うと物事に対する意味付けが変わり、その後の行動の選択が変わります。

その選択を繰り返して自分の人生を構成していくのです。

世界観を広げるには

世界観を広げるとは、部分的な見方をせずにより全体性を見通す広い視野を持つということです。

世界観を広げていくのであれば、以下の記事が参考になります。

この記事を読んだ人はこちらの記事も読んでいます